NOTES

2冊のベストセラーとの出合い
2007年デヴィッドが、息子ニックのドラッグとの格闘を綴った「Beautiful Boy」という本を書き上げ、またニック自身も回顧録「Tweak」を出版し話題になるとプランBエンターテインメントのプロデューサーのジェレミー・クライナーはプランBのパートナーであるデデ・ガードナーやブラッド・ピットにこの2冊の本を紹介し、奇想天外なシナリオを提案した。感動的な2冊を組み合わせることで、単なる”エピソードの寄せ集め”をはるかに超えたまとまりのある1つの物語を作れないか、と。「我々は両方の本に度肝を抜かれたんです」とクライナーは語る。「同じ出来事を、2つの異なる側面から見た見方を統合して1本の映画にすれば、より説得力のあるものになるのではと考えたのです」。
ヴァン・ヒュルーニンゲン監督にとって初の英語作品
ベルギー人であるフェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン監督の『オーバー・ザ・ブルースカイ』(12)を見たクライナーとガードナーは『ビューティフル・ボーイ』の世界観に合うと確信する。そこで2014年に話を持ちかけると、ハリウッド進出にふさわしい題材を探すことに苦心していたヴァン・ヒュルーニンゲンと意気投合。彼が今までに描いてきた家族との絆、深い愛情と対立、制御不能に陥ること、時間の経過・・・といったテーマが本作にも通じることが大きかった。「父子の関係はすばらしい題材だった。この特別な絆を描けることに興奮したんだ。家族は愛情に溢れていて、誰もあんなことが起こるなんて考えもいなかったんだから、すごく痛ましいことなんだ。自分の人生の3〜4年を賭ける価値があると思ったんだよ」。
2人の原作者
元々デヴィッドは自らの本を出版しようとは考えていなかったという。彼にとって書くという行為は、彼の人生の混沌とした部分や不明確な部分と向き合う方法の1つだった。ニックはリハビリが失敗に終わった後から手記を書き始めた。ニューメキシコ州の療養施設を退所したいと言った後、彼は姿を消し、家族とは18ヵ月近く音信不通だった。「父と僕は長い間、話さなかったんだ。コンタクトを取ろうとしなかったのは、また皆をがっかりさせたくなかったからだった。6ヵ月“シラフ”で過ごした後、また僕らは話し始めた。その間、父も手記を書いていたんだよ。僕の手記を送ってほしいと言って、自分の書いたものを送ってきたんだ」。そしてお互いが置かれた状況と気持ちを知ることとなった。想像以上に良くない環境にニックがいること、自分と同様父親も苦しんでいるということ。「もし僕が死んでも、それは自分自身の問題で、父には影響なんてないって考えていたんだ。実際は、いろんな面で迷惑を掛けて、混乱させ、苦しめていたのに。僕は知らなかったんだ。その一方で、父も僕のことを延々と続くパーティーをやっていると誤解していた。物凄い苦痛の中にいたことを初めて知ったんだ」。
心の距離を縮めてゆく
デヴィッドとニックは「多くの家族がこういった問題を抱えている。僕らはドラッグ依存やリハビリが、微妙で複雑な問題だけども、現実的な治療が行われていることも見せたかったんだ。プロデューサーたちが本気であり、真実から目をそらさないで、僕らの物語をちゃんと表現してくれると確信をした。決して興味本位(センセーショナリズム)じゃなく、情熱があるとわかって安心したんだ」と語る。情熱に応えるため、彼らはヴァン・ヒュルーニンゲンを自宅に招いた。「彼らは僕の以前の作品を見ていて、この物語を紡ぐ適任者だと思ってくれていた。でも時間をかけて僕らは個人的な絆を深めていったんだ。一緒にビーチを散歩して、ディナーを食べ、語り明かしたんだよ。2人ともどこまでも正直な人間で、自分たちの心の奥底にある恐怖や恥ずかしい部分もさらけ出してくれたし、こちらも山のように質問をしたよ」と監督は振り返る。
共同脚本の果てに
ヴァン・ヒュルーニンゲンは自身のほとんどの作品で、脚本を執筆していたが多忙さから、今回は予め誰かに脚本を書いてもらい、その上で脚本家と一緒に自分なりにアレンジする方法を採用した。そこで白羽の矢が立ったのは『LION/ライオン 〜25年目のただいま〜』(16)でアカデミー賞候補となった脚本家のルーク・デイヴィスだった。実はデイヴィスもドラッグ依存の経験があり、2人のドラッグ依存者の激しい恋愛を描いた小説を執筆していた。実力も実績も申し分ないデイヴィスであっても「問題はどうやって、この違う感情のドラマを1つにするかだ。僕らとしては、2本の別々の映画を行ったり来たりするようなものにはしたくなかったんだ」と苦労を滲ませる。
「そこで時々、1人を消すというというトリックを使うことにした。そうすればその間、完全に別の人物の生活を描くことが可能になり、キャラクターを掘り下げることができる。たとえばニックの暮らしぶりを描いていて、彼がどんなふうにして、なぜ逆戻りするかを見せる。その情報を元に、デヴィッドの画面に戻り、それによって彼がどうなったかを描くという具合だ。共同で脚本を書くというのは、すばらしくも混乱に満ちたレスリングのようだった」とデイヴィスは振り返る。「うまく道筋が進まなくなると、僕らは年代順に紐解き、最初から仕切り直した。しっかりした構成が固まったと感じると、フェリックスは監督の視点から脚本を検討し、最後の直線コースを突っ走ったよ」。
奇跡的なキャスティング
本作において、複雑な感情表現ができる2人の俳優を見つけることが最大の難関だった。ヴァン・ヒュルーニンゲンはデヴィッド役にスティーヴ・カレルを起用できないかと尋ねた。『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(15)でカレルと仕事をしたことがあったプロデューサーたちは、誰しもが納得した。「家族想いの人間のデヴィッドは、スティーヴにぴったりなんです。彼の演技は、驚くべきものがありますよ。少ないセリフの中に、彼は非常に豊かな感情表現をしているんです」とクライナーは語る。シャラメをオーディションに呼ぼうと提案したのは、ガードナーだった。「彼は飛び抜けて才能豊かな若者です。それに、どこか悟っている部分もあるんです。年齢の割りには、いろいろ経験しているんですよ。ニックもそんな感じだと思いますね」。
「彼とスティーヴが読み合わせをすると、どこからどう見ても完璧だったんだ」とヴァン・ヒュルーニンゲンは振り返る。「父親と特別な絆がありながら、ドラッグ中毒に陥ってしまういたいけな少年役にふさわしい能力がティモシーには備わっていた。彼は感情を表に出すタイプだ。献身的で、存在感があり、リアリティがあった。彼をキャストに挙げないなんて考えられない」。
満場一致で難題が解決した瞬間だった。
映画に寄り添う音楽
原作の『Beautiful Boy』には、音楽を通したニックとデヴィッドの深い繋がりが数多く見受けられる。それはクラシックロックから初期のパンク、グランジロックまである。ヴァン・ヒュルーニンゲンはシェフ家にとって重要な意味を持つ歌を含む、既成の音楽を構成して使うことに決めた。「ニックやデヴィッドが本の中で取り上げている数曲を使おうとずっと考えていた。映画のタイトルはジョン・レノンの曲から取っている。これがデヴィッドにとって思い入れがある理由は、彼が駆け出しの頃、ジョンにインタビューしたことがあるからだ。生前最期のインタビューもしたりと縁が深いんだ」。デヴィッドは「彼らはジョンの曲をさりげなく見事に使っている。スティーヴの『ビューティフル・ボーイ』の歌声が、ジョン・レノンの歌に移り変わっていく。あのシーンがすばらしい。ドキッとさせられたよ」。
デヴィッドがお気に入りの音楽を使ったシーンは、彼とニックが車に乗っている時、ニルヴァーナの『テリトリアル・ピッシングス』がかかるところだ。「ニルヴァーナが流行っている頃に成長したニックに、初めてその曲のことを教えてもらうんだよ」と彼は振り返る。「あのシーンでティミーがヘッドバンギングするのを、スティーヴが愛情深い目で見ているんだが、あれがいいんだよ。映像が美しいし、歌がすごくパワフルだ。あの時、ニックが体験していた怒りやパワーがよく現れているよ」。ジョン・レノンやニール・ヤングといったロックの大御所に加え、サウンドトラックには美しいメロディーを奏でるアイスランドの先鋭ロッカー、シガー・ロス のようなオルタナティブのものも含まれている。「僕が幅広いジャンルの音楽を聞くからだけど、デヴィッドもニックも何でも聞くんだ」とヴァン・ヒュルーニンゲンが説明する。「シガー・ロスの『Svefn-g-englar』(英題:Sleepwalkers)はうまくハマった。雰囲気のある夢心地のインディーズ・ポップだ。曲のクライマックスになるとニックが叫んで、再発したことに気づく。もうどうしていいのか分からなくなる。次なる予測ができない音楽だから、なおさら衝撃的に響くんだ」。
カメラの裏側の強力なサポート
自身の初の英語作品のために、ヴァン・ヒュルーニンゲンは長年チームを組んでいる2人を連れてきた。撮影のルーベン・インペンスとは6本目、編集のニコ・ルーネンとは今回が5本目となる。彼らは撮影が始まる前から携わり、ヴァン・ヒュルーニンゲンと俳優陣の2週間のリハーサルに同席した。「アメリカではリハーサルに参加するのが普通じゃないことは分かっているが、僕にとっては重要なんだ。お互いのことを知るために、俳優との暗中模索の時間を共有したいんだ。僕はいろんなことを試すのが好きだけど、いざ撮影となって時間に追われると、難しくなる。前もって“遊びの時間”を持つことは、大事なことなんだ」とヴァン・ヒュルーニンゲンは語る。タイムラインを操るのが、ヒュルーニンゲン作品の特徴と言われてきた。しかし本作はニックがドラッグ依存になる前の数多くのフラッシュバックが含まれているため、これまでの作品に比べてほぼ時系列通りに綴られている。「冒頭は物語にはまり込む前に観客の心をつかむために時系列で遊んでいる」と彼は説明する。「さらに僕らはフラッシュバックを使って、家族が何を失い、また何を失おうとしているのかを見せている」。
『ビューティフル・ボーイ』の構成は、人間の記憶の仕方を真似ているとルーネンは語る。「人生の岐路に立った時、誰もがどうやってここまで来たんだろうと考える。それが人間にとって自然なことだと思う。どっちの道が物語を進めるのにいいかってね。それを決める秘訣は、行きつ戻りつすることが感情的に理にかなってなければならないということだ。最も難しかったのは、デヴィッドとニックのキャラクターのバランスを見つけることだった。これは2人の物語だから、すごく重要だったんだ」。
家族の暮らす“家”を創造する
北カリフォルニアの海岸線にあるシェフの家の環境にふさわしい場所をロサンゼルスで探すのには、時間がかかった。シェフの家は典型的なマリン郡の家で、垢抜けた感じの風雨にさらされた木造建築だ。アンティークと田舎的な要素とミスマッチな工業資材が共存しており、“ボヘミアン・アカデミック”のスタイルを採用していた。美術のイーサン・トーマンは「コンクリートを流し込んで作ったカウンターが老朽化した木製の床の隣にある。大きな窓からは回りの自然が見える。草や木が生い茂り、ステンドガラスとやや血の色のような半透明のガラスから部屋に光が注ぎ込んでいる」と語る。シェフの家は2つの別々のロケ地で撮影された。最初の家は、ロサンゼルスのやや郊外にある富裕層が暮らすカラバサス。ここで彼らは外観と一階部分をセットで撮影した。「あの家はマリン郡にあってもおかしくないような家で、大きなオークの木と緑色の密集した木々で覆われていた」とヴァン・ヒュルーニンゲンは語る。家の2階部分については、トーマンが設計したものをハリウッドのスタジオに作った。ヴァン・ヒュルーニンゲンにとってもインペンスにとっても、スタジオで撮るのは初めての経験だった。ニックの寝室は、実際の彼が子供の頃の部屋を元にした。「心を閉ざして、ひっそりと過ごしたがっていたニックの部屋は他の部屋とは正反対に設計した。窓にはブラインドがあり、厚いカーテンが引いてあり、壁は暗めの色。ニックは才能のあるイラストレーターだ。彼はコラージュを作ったり、ペンでイラストも書いたけど、すごく部屋は暗いんだよ」。
シェフ一家の創造性は本編にも登場する。カレンの時価評価の高い絵はシーンの中でモーラ・ティアニーが描いているイーゼルに置かれている。さらに20歳の(ニックの弟の)ジャスパー・シェフはこの映画のプロダクション・アシスタントとして働き、デヴィッドが見つけた性的な描写や暴力的なイメージが表紙に描かれたニックの日記のアートワークや、彼や妹のデイジーが子供時代に描いて送ったファックスも描いている。
変化する衣装
衣装のエマ・ポッターは「デヴィッドとカレンが家族の写真を提供してくれたので、すごく助かったわ」と語る。「私が気づいた重要なところはニックの風貌の変化だったの」。ニックの写真は、自信なさげなティーンエイジャーから自己中心的な一面をのぞかせ、傷つきやすい大人へと変化していく。「最初の頃の幸せな時代の彼は原色の服を着て、ドラッグを使い始めるとオレンジ、みどり、むらさき色の等和色を、大人になると普通の感じになったの」。また、ポッターの仕事はシャラメの体重の増減にも対応する必要があった。撮影を前にして、シャラメは9キロの減量をしていた。「衣装合わせの時も、彼は減量中だった」と彼女。「撮影が始まった時、彼は最も痩せていて、そこから揺れ戻しがあったのよ」。
希望のメッセージ
この映画が他の作品と一線を画すのは、その視点にある。「この作品はニックの視点ではなく、家族を取り戻そうとする父親の視点から描いていることが新しいのです。一家の問題を一緒に乗り越えようとする父子の姿を温かい目で楽観的にも綴られています」とクライナーは語る。「薬物の常用は、とてつもない“銃”と同じです。今まで私たちはドラッグを社会格差や道徳上の過ちという言葉と関連付けて考えてきました。しかし実際には、依存は病気であり、それは道徳とは無関係のところに根があり、それを話題にすることは私たちの文化ではタブーとされています。もし病気だと認めれば、恥ずべきことはないんです。心が痛む物語でもありますが、私たちが描くものには、奮い立たせるものや希望も感じられるはずです。困難に直面しても諦めないという親心ゆえに成せるものです。デヴィッドに扮したスティーヴは、誰もがこうありたいという親の姿を熱演しています」。観客は父親の無償の愛と慈しみ、そこから生まれる再生への光を感じ胸が締め付けられるのだ。